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土居中事件

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控 訴 趣 意 書

2011(平成23)年9月5日

 

高松高等裁判所    御中

           

                           被告人      河 村 卓 哉

                           主任弁護人弁護士 水 口   晃

                           弁護人弁護士   臼 井   滿

                           弁護人弁護士   常 田   学

 

 

上記被告人に対する傷害,名誉毀損被告事件について,控訴の趣意は下記のとおり,事実誤認及び量刑不当である。

第1 事実誤認

1 原判決の事実誤認

原判決は,被告人が石川周治に対し,同人の左頬部を右肘で1回肘打ちする暴行を加え,よって,同人に対し,全治3週間を要する左顔面打撲,頚部捻挫の傷害を負わせたと認定したが,事実誤認である。

被告人は,右肘で石川の左顔面を肘打ちしていない。石川の左顔面打撲及び頚部捻挫の傷害を負わせていないし,また,全治3週間の傷害も生じていない。

2 本件のトラブルの内容

本件のトラブルは,伊藤が,伊藤や石川を含めた幹部教師らのいじめによって転校せざるを得なくなった生徒を,行くのを嫌がっている教室へ連れ出そうとするので,これを止めようとした際に生じたトラブルである。 

石川は,被告人を相談室へ押し込もうとして,身体を当てたり,両手をハの字に広げて,石川の身体を使って被告人を押し込んできた。被告人は,石川から逃れるために,押してくる石川の目の前で,両腕を肘のところで曲げて挙げて,壁を作るように左から右に動かし,石川の右側の方へ逃げようとした。そのとき,被告人の左肘の内側が石川の顎あたりに当たったのである。当たったが,石川が怪我をするような衝撃はなかった。

以下,詳論する

 

第2 客観的証拠である音声データから判明する事実

1 音声データに削除等がないこと

@ 原判決の判断

本件については,音声データが残っている。平成20年1月16日午後3時ころの「本件現場録音」(3分21秒)と同日の夜の「本件自宅録音」の2つがある(判決書9頁)。従って,これらの客観的証拠に基づいて事実を認定しなければならない。

ところが,原判決は,「本件現場録音の作成過程につき,後記の被告人の供述に照らして不自然な点が窺われ,一部の録音部分が削除等された可能性は否めないものの」として,一部の削除の可能性を問題とする(判決書11頁)。

A 元になる音声データが存在すること

しかし,本件現場録音(3分21秒)は,被告人のICレコーダーに録音されていたデータの一部である。ICレコーダーには,1月16日の午後から録音されたデータと夜から録音されたデータの2つの元になるデータがある。いずれも長時間のものである。

本件現場録音は,午後から録音されたデータのうちから,3分21秒の部分を取り出し,それを複製したものである。

検察官は,差押によって,午後から録音されたデータと夜から録音されたデータの2つの元になるデータを複製して所持している(被告人405項)。

また,弁護人から,弁10号証をもって,午後から録音されたデータのうちから,午後3時のチャイムから午後3時15分のチャイムまで(当然,3分21秒の部分を含めて)を取り出して,それを複製して,裁判所に提出している。

従って,本件現場録音や弁10号証について,もし検察官が一部削除されたものであると主張するならば,元になるデータと比較して主張できるはずである。

しかし,検察官は,元になるデータと比較して削除していると主張をしていない。これは,単にしないのではなくて,元になるデータと比較すると,削除等がないからである。

以上のとおり,本件現場録音は,元になるデータのうちから3分21秒の部分をそのまま複製したものであり,一部削除はない。

従って,原判決の判断は間違っている。

B 検察官の主張が事実に反すること

検察官の主張として,原判決が本件現場録音に関して判決書に記載しているのは,「検察官は,上記音声データについて,上記(1)@の石川教諭らの各証人の供述に照らせば,被告人に不利益な部分について削除編集がされている旨主張する。」である。これは,石川らの供述との比較でしかない。

原判決は,この検察官の主張に対する判断を示していない。前記のとおり,単に「本件現場録音の作成過程につき,後記の被告人の供述に照らして不自然な点が窺われ」とするだけであって,作成過程しか問題としていないのである。

検察官が主張する石川らの供述とは,被告人と石川及び伊藤とのやり取りとの間に,職員室の方へ行ったとか,壁や掲示板を叩いたとか,本宮と言い争ったことがあったということである。

しかし,本件現場録音には本宮との言い争いがないし,あるいは,検察官にとっては,差押えで複製して所持している元になるデータの午後から録音されたデータを確認すれば,本宮との言い争いがないことが明らかである。

従って,石川ら3名の供述が客観的事実に反するということが明らかである。にもかかわらず,あえて,検察官は,本件現場録音が削除編集されていると主張しているのである。

 

2 音声データから,石川,伊藤及び本宮の偽証が判明すること

@ 原判決の判断

原判決は,本宮の証言の信用性に関して,「証人石川周治,同伊藤貴仁の各供述とも符合する。」とする(判決書22頁)。

しかし,石川ら3名の証言が符合していること自体において,3名の証言の信用性がなく,偽証していることを示している。

A 石川ら3名の「符合する」証言が本件現場録音に反すること

石川ら3名の証言が符合する点は,まず第1に,言い争いの時間が長いことである。石川は10分から15分であるといい(判決書13頁),伊藤は10分ちょっとであるという(判決書18頁)。

そして,その長い時間があったことを説明するために,本宮との言い争いなどを加えていることである。

ア 石川は,「職員室に入ると,被告人が付いて来るので,本宮教諭が止めに入ったところ,被告人と本宮教諭との言い争いが始まった。 そこで,私は,職員室の玄関側の出入り口から廊下に出たが」,本宮との言い争いに続けて伊藤との言い争いになったという(判決書12頁)。

イ 伊藤は,石川は職員室に入ったが,被告人は,職員室の入り口辺りまで来て,戸口にある掲示板を叩いた。「そして,被告人は,廊下で振り返って本宮教諭に対して『関るな』とか,『あんたまでが。』というような言葉を興奮しながら叫んでいた。」という(判決書18頁)。

ウ 本宮は,石川が職員室の方へ帰っていき,「被告人が追いかけるように職員室の入り口まで行って,入り口のところで怒鳴ってをバンバン手で叩き,私にも『おまえもじゃ,おまえもわしにかかわるな』というようなことを言ってきた。」という(判決書21頁)。

しかし,もし仮に石川ら3名が証言するような,本宮との言い争いや,掲示板あるいは壁をバンバン叩いた事実があったとすれば,本件現場録音や弁10号証に録音されているはずであるが,これらの録音がない。

また,本件自宅録音においても,被告人は,石川と伊藤との争いのみについて発言している(判決書,添付別紙2,1頁)。

河村卓哉 今度は周治がこりゃいかんな

そん時もう大声だしよるけんな

相談室へって

あのでかい体で押してくるんよ,ほんで,押してくる な,当たるな

肘が多分,顔に当たった

それでお互いにわーっと,途中から貴仁も

この本件自宅録音に記録された被告人の発言は,当日の自宅での発言であり,信用性が高い。

以上のとおり,本件現場録音や弁10号証には石川ら3名の証言するようなことが録音されていないということは,本宮との言い争いや,壁や掲示板を叩く行為が事実としてなかったということである。

従って,石川ら3名が一致して事実ではないことを証言したことになるが,それは個々の思い違いや記憶違いではなくて,石川ら3名が打ち合わせをして,あえて虚偽の証言をしているということである。

B 石川ら3名が虚偽の証言をする理由

なぜ,石川ら3名は,言い争いの時間が長いとか,職員室の方に移動したとか,本宮との言い争いがあったなどを虚偽の証言をしたのかであるが,それは学校という教育現場の特殊性があるからである。

学校は教育現場であるから,そもそも警察に通報することには慎重な態度で臨む。よほどの必要性がない限りは,警察に通報しない。

その上,本件では,学校長の許可を得ずに通報されていることもある。学校長らの管理職の許可を得なかったことについての正当性も要求される。

そこで,石川ら3名を含む幹部教師らにとっては,警察に通報させざるをえなかったという特別な事情を作り出すことが必要だったのである。

その理由付けとして,被告人が長時間にわたり暴れていたとか,誰も止められなかった,校長ら管理職の許可を得る間もなかった,それほどのやむを得ない事情があったということを作り出し,具体的には,言い争いの時間が10分という長時間であるとか,本宮との言い争いなどがあったと付け加えて証言したのである。

C そもそも伊藤,本宮,高橋,教頭が本件のいわゆる第三者ではないこと

原判決は,伊藤,本宮,高橋,教頭を事件については,目撃者の立場として,いわゆる第三者として捉えているが,幹部教師らは本件の当事者そのものである。

石川,伊藤,本宮,高橋らは,「ランチルーム」と称される更衣室にいるメンバーである(石川証言調書509項以降)。

被告人は,休職や病気入院明けに,平成19年4月に土居中学校に転勤してきた。被告人は,自分の病気を説明し,体調がよくなく,特に体温調整が苦しいことを伝えた。ところが,幹部教師らは,病気で苦しみ,体温調整ができない被告人に対して,生徒や保護者から遠ざけ,学校から排除しようとした。被告人は,学校現場がこのような態度であるから,教育委員会に対し,「土居中学校におけるパワーハラスメントについて」(弁13),「土居中学校におけるパワーハラスメントの記録(補足)」(弁14)を提出し,改善を求めた。

高橋は,平成19年6月4日,「先生,ボーナス出るんじゃけん,学校残らんと帰ってくれてもええけんな」とあたかも被告人の体調を慮っているかのように装いながら,嫌がらせをし(弁13,高橋182項),同年9月には,「いね,いね,病気のやつは」と言って(高橋189項),あからさまに被告人を誹謗し,学校から排除しようとした。

本件においても,石川との言い合いが始まり,「今,殴ったろ」という声を聞くと,高橋は直ちに警察に通報したのである。あまりにも早い通報であったことから,教頭でさえも,「もう一回電話をして,帰ってもらうように」を指示せざるをえなくなったほどである(篠崎91項)。

従って,伊藤,本宮,高橋,教頭は,「目撃者」であっても,いわゆる第三者とはいえない。

D 以上のとおり,本件現場録音や弁10号証に録音されていない虚偽の証言を一致して証言する石川ら3名の証言は信用できない。

にもかかわらず,原判決は石川ら3名の証言を信用しているのであるから,原判決は明らかに間違っている。

 

3 石川が押していないことは,本件自宅録音や本件現場録音に反すること

@ 原判決の判断

本件において,石川が被告人を押していたかどうかについて,石川らは次のように証言した。

ア 石川は,正面に向かい合った状態でこのようなやりとりが続いたとする(判決書11頁)

イ 伊藤は,「石川教諭が被告人の身体を押したり,触ったりしていたことはないと思うが,被告人が動いていたので,当たったかもしれない」とする(判決書17頁)

ウ 本宮は,「石川教諭は,被告人に対し,左右の手を斜めに差し出す形で,ハの字の状態で平手を前に向けて立った状態であり,これに対して被告人は,上半身を前後に揺らしており,被告人の身体が石川教諭に当たっていた。」とか,「石川は落ち着いて下さいという形で同じ姿勢を保っていたところ」とする(判決書20頁)。

以上のとおり,石川ら3名は,石川が押していないという。

それを受けて,原判決は,量刑の理由において,「男子生徒の目前で,同校の教諭である被告人が大声を上げて,同僚教諭らを保健室から追い出すなどした挙げ句に,無抵抗の被害者に対して,いきなり判示第1のとおりの暴行に及び傷害を負わせたものであって,教育者の取るべき行為として常軌を逸しているというほかない。」とし,石川が「無抵抗」であると認定している(判決書31頁)。

A 音声データでは,押していることが示されていること

しかし,本件現場録音においては,次の被告人の発言が録音されている。

「触るな」,「おい,触るなって,当たるな言よんよ」,「当たるな言よんよ,当たってきたのはお前だろが,こら」,「何を,当たってくるな,当たるな言よんよ,ええ,止めや」,「お前近寄るなや,当たってきたんだろうがや,お前が」「当たってきたや,俺が当てられたんじゃがや,今,」

と繰り返し石川が当たってくることを言っている(判決書添付別紙1)。

石川も,「よう言わい,そこやか当ててないって」と,「そこ」は当てていないとして,別の場所が当たったことを認めているものである。

また,本件自宅録音においても,当日の様子について,次のように被告人の発言が録音されている(判決書添付,別紙2)。

「あのでかい体で押してくるんよ,ほんで,押してくるな,当たるな」,「もう,押してくるけんな。あの体でばーっと押してくるけん。こっちはもう。」,「奴らは押して押して押して来たんよ。そういう作戦でほんで,相談室へ相談室へって 振りほどこうとしたらなんか当たって」,「そうなんよ,それがな今日のはなぁ。こっちから手,出したあれじゃないんよ。ほんまに奴らが〜」

    本件自宅録音については,原判決も「これらの会話は,もとより誰かに強制されたものではなく,その内容及び双方の語調に照らしても通常の会話をしているものと認められる」と判断しているのであるから(判決書29頁),当然,上記の発言についても信用性が認められる。

B しかるに,原判決が,本件現場録音や本件自宅録音の被告人の当日の発言を全く無視し,信用性のない石川ら3名の証言をもとに「無抵抗」と判断したことは,明らかに間違っている。

本件の音声データのとおり,石川が,自分の身体を使って被告人を押し,両手をハの字に開いて,被告人を相談室に追い込もうとしていたことは明らかである。

  C また,1月16日の当日,土居中学校で事情を聞いた教育委員会の河村敏和次長は,石川が「両手を広げ,胸で,広げて胸でこう誘導というんですかね,こう,こっちへ行こうやというような感じでしたと」と証言し,押していっているということかの質問に対し,「まあそうでしょうね」と認めている(河村65,66項)。

    これからも,石川が身体を使って押していたことが明らかである。

 

4 音声データから,被告人の供述が信用できること

@ 原判決の判断

原判決は,被告人の供述について,「被告人の石川教諭に対してとった対応の内容等に照らして不自然であり,また,証人石川,同伊藤及び同本宮の各供述と齟齬し,本件自宅録音の内容とはまったく相反する」として,信用することができないとする(判決書30頁)。

A 被告人の供述が本件自宅録音と相反しないこと

原判決は,本件自宅録音の内容として,「肘が多分,顔に当たった」,「当たったんやないよ,当てたんよ」,「外に対しては,僕が当てたんよ,言わんかったら分からまい」,「肘打ちは見えんのよ。距離にして分からんのよ。こっちも即な思いっきりするあれではないし。手加減しとるし」を引用する。

    確かに,この発言があるが,他にも,次のような発言がある。

判決書の添付別紙2では,

河村卓哉 今度は周治がこりゃいかんな

そん時もう大声だしよるけんな

相談室へって

あのでかい体で押してくるんよ,ほんで,押してくる な,当たるな

肘が多分,顔に当たった

それでお互いにわーっと,途中から貴仁も

          :

妻 そなにひどいしたん。

河村卓哉 全然,ほやけん,こっちは手もいとないし,血も出て  ないし,後で歯は痛いいうかもしれんけどな

でももう,これは,まぁもう覚えとるかい言うていう 事にしとるんよ。ということにしよるんよ。

        妻 まぁ,結構当たったん。

河村卓哉 当たったんやないよ,当てたんよ

        妻 あー

河村卓哉 もう,押してくるけんな,あの体でばーっと押してく るけん。こっちはもう。

        妻 そりゃ,したらいかんわい。父さん,うーん,それを心配しとったんよ。しそうじゃないんかなって思って。

河村卓哉 表面では・・・外に対しては,僕が当てたんよ,言わ   んかったら分からまい

        妻 うーん

河村卓哉 で,実際にあの,離れた所で,こっちから殴るかかっ  たんじゃない。

          奴らは押して押して押して来たんよ。そういう作戦でほんで,相談室へ相談室へって,振りほどこうとしたらなんか当たって

このように,「肘が多分,顔に当たった」,「振りほどこうとしたらなんか当たって」と説明しているのであるが,肘が多分当たったとか,振りほどうことしたらという説明は,肘打ちをしたことを認めるものではない。

被告人の説明は,石川が身体を使って押してきたこと,それを振りほどこうとしたこと,その際に,当たったということである。

つまり,本件自宅録音には,2つの意味(当たったのか,当てたのか)にとれる内容があるということである。

確かに,「当たったんやないよ,当てたんよ」と言っているが,それは妻の「まぁ,結構当たったん。」という質問に対する返事である。被告人は,本件の当日は「ずっと4月から寄ってたかられて排除されてきたのが,とうとう警察まで呼ばれてされたかという,本当に惨めな気持ちだったんで,家内にはそういう感じで強がりを言わんかったら,もうやっておれんみたいな感じでした」とその心境を説明しているとおりである(被告人132項)。

従って,「肘が多分,顔に当たった」,「振りほどこうとしたらなんか当たって」ということが真実であり,被告人の法廷での供述と相反しておらず,被告人の供述は一貫しており,信用できる。

B    教育委員会の河村次長は,1月17日に被告人からは「自分が振り払おうとしたら当たったんだというふうなことでの話がありました」と証言しており(河村90項),被告人の供述は一貫している。

 

5 「怪我」の場所が反対側であること

@ 石川らの証言

本件の暴行について,石川らは,次のように証言する。

ア 石川は,「私の左頬に激しい衝撃を受け,痛みを感じて首がねじれ,顔が右下に向いた。目の前が真っ白になった。」とし(判決書11,12頁),「殴られた直後は,その衝撃で意識がぼうっとしていた。」とする(判決書12頁)。

イ 伊藤は,「石川教諭の左の頬を肘打ちで殴り,石川教諭の顔が右下の方にぶれた。」とする(判決書17頁)。

ウ 本宮は,「それを振り下ろし,その肘が石川教諭の左顎付近に当たり,石川教諭の顎が右にひねられるようになった。」とする(判決書21頁)。

以上のとおり,石川ら3名は,左頬や左顎という左側に当たったと証言する。

原判決も,石川らの3名の証言をもとに,「同人の左頬部を右肘で1回肘打ちする暴行を加え」とする(判決書1頁)。

A 音声データ

しかし,本件自宅録音において,被告人は,石川が押さえた部分につき,次のように説明をしている。

「で,なんとか,すいませんでした。僕が言うて。

すいませんでした言うて,ここはどうしてくれるん言うて反対側押さえよんよ」(判決書,添付別紙2,3頁)。

前述のとおり,本件自宅録音での被告人の発言は,事件の当日のことであり,石川に当たったことも認めているものであるから,その発言の信用性が高く,当然,この反対側を押さえている点も信用性が高い。

ところが,原判決は,この「反対側押さえよんよ」という発言を無視しているのであり,誤認である。

 

6 音声データから,石川の意識がぼうっとしていないこと

@ 原判決の判断

原判決は,石川が,「殴られた直後は,その衝撃で意識がぼうっとしていた」とする(判決書12頁)。

A 音声データでは普通に返答していること

しかし,本件現場録音や原判決書の添付の別紙1では,ぼうっとしている様子はない。

判決書添付の別紙1の2頁では,石川は,次のように発言している。

「何ちゃしてないって」,「当たってないや」,「よう言わい,そこやか当たってないって」,「いやいやいや,違うって、はいはい、入ろ入ろ」,「こっち入ろ入ろ」,「はいはい」,「もう駄目じゃわ,これいかんわ」,「うん」,「ほなごめんなさい」,「はい」

と発言している。これは,被告人の発言に対してすぐさま返答し,通常の会話を続けているのである。

従って,意識がぼうっとしたという石川の証言は,本件現場録音に反している。

 

7 以上のとおり,本件においては音声データという客観的な証拠があり,それによって,真実が判明している。

また,音声データにないことを証言する石川ら3名が虚偽証言も明らかである。他方,被告人の供述は当日から一貫しているものであり,信用できる。

従って,これらの音声データからしても,原判決の事実誤認は明らかである。

 

 

第3 石川が「全治3週間」の怪我をしていないこと

1 星田が石川の口の中を見ていること

教護教諭である星田は,1月16日午後3時過ぎのトラブルの後で,その場所において,校長の指示で石川の口の中を確認している。

石川の口の中は切れていなかったし,石川が腫れとると聞くので,わからないと答えている(星田96項)。

次の日に,星田が湿布をしようかと勧めたが,石川は「冷たいけん,湿布は要りません」と言っている(星田104項)。

 

2 現場臨場報告書(甲62)

警察官による平成20年1月16日付けの現場臨場報告書では,「顔部にヒジによる打撲を受けたものである。」とし,「被害者に怪我はなく,また,被害者に被害申告の意思がないことから」とある。

このように被害者に怪我がないことが明記されており,「事件性なし」で処理された。

   なお,公判に提出された証拠では,「事件性なし」のチェックが2重線で抹消されているが,現場臨場報告書の作成者の警察官がしたものではない(警察官井原の調書95項以下)。

 

3 安藤医師のカルテ(甲43)

   平成20年1月16日のカルテには,「午後3;10〜15分ごろにトラブルがあり,左顔面に相手の肘が当たった。左頚部に引っかかりあり」,「左頬部にごく軽度の腫脹」,頚椎は,「屈曲full,伸展full,but Lt.neckの引っかかり感」「右旋回,左旋回ともにfull 頚部に明らかな圧痛点なし」である。

   石川に対する処置は,「顔面は冷罨法のこと」とある。

 

4 安藤医師の証言

   安藤医師は,カルテの「ごく軽度の腫脹」について,「左右差があって,左側のほうが腫れがあるということ,ごくごく少しだけの腫れがあったということです」とする(15項)。「一番軽いということです」とする(安藤109項)。内出血もしていない(110,111項)。

   また,顔面については冷やすという指示をしたが,首については,レントゲンもとらず,なんの処置もしていない(21,23項)。

病院においては,冷やすという指示をしたが,実際に冷やすことをしていない(113項以下)。

   さらに「次,いつ,それ,また再診しなさいという指示はしていないと思います」ということである(125項)。

 

5 診療録によれば,1月16日,1月21日,1月23日,2月5日と診察などを受けてはいるが,処置内容はない。

ところが,5月22日になって,2月5日までの「通院の証明を希望」されたとある(安藤38〜40項)。すなわち,1月16日に3週間の診断を下したのではなく,4ヶ月後に石川の希望によって3週間の診断書を書いたものにすぎない。

 

6 以上のとおり,トラブルの直後に口の中をみたが,口の中が切れておらず,腫れもわからないくらいであり,安藤によっても「ごくごく少しだけの腫れ」の程度であり,内出血がなく,湿布などの処置が行われず,再診の指示もなかったものである。

従って,石川が「全治3週間」の怪我をしていないことは明らかである。

 

 

 

第4 石川の左頬の状態と石川ら3名が証言する暴行の程度が整合しないから,石川ら3名の証言が事実に反すること

1 原判決の判断

原判決は,「これらの病院における診断及び治療経過と被告人から受けたとする暴行及び傷害の内容とは整合している(なお,石川教諭は,左頬に激しい衝撃を受けたと供述しているところ,1月21日に安藤医師により右頚部に圧痛があると診断されているが,石川教諭は,被告人の暴行により首が右にねじれ,顔が右下に向いたとも供述していることに照らせば矛盾するものではない。)」とする(判決書16頁)

また,弁護人の反論に対しては,「1月16日の段階で筋緊張の亢進が明確には認められず,加療期間5日と診断されたものではあるが,他方で,安藤医師は,その後も石川教諭から治療を求めて来院した際には,同教諭を診察し,(頬部打撲の点は措くとしても,)触診するなどした上で筋緊張の亢進を確認しており,その結果として,頚部捻挫につき全治3週間と診断した旨供述していることからすれば,特に不合理であるとか不自然であるとは言えない。」とする(判決書16頁)。

 

2 石川ら3名の主張する暴行の程度と整合しないこと

@ 原判決は,なにをもって,石川ら3名の証言する暴行の程度と「傷害の内容」が整合するというのか,まったく説明していない。また,弁護人の反論にも答えていない。

弁護人が反論しているのは,もし石川ら3名の証言するような激しい暴行の程度であれば,石川の左頬部の状態(安藤でも,ごくごく少しの腫れであるという)にはならず,もっと酷い状態になったはずであるということである。

A 石川ら3名の証言

ア 石川は,「私の左頬に激しい衝撃を受け,痛みを感じて首がねじれ,顔が右下に向いた。目の前が真っ白になった。」「殴られた直後は,その衝撃で意識がぼうっとしていた。」である(判決書12頁)。

イ 伊藤は,「石川教諭の左の頬を肘打ちで殴り,石川教諭の顔が右下の方にぶれた。」である(判決書17頁)。

ウ 本宮は,「それを振り下ろし,その肘が石川教諭の左顎付近に当たり,石川教諭の顎が右にひねられるようになった。」である(判決書21頁)。

B このような石川ら3名の証言する激しい暴行の程度と石川の左頬部の状態とは,まったく整合していない。

そもそも,原判決は,なぜ,「(頬打撲の点は措く)」というのであろうか。左頬部とは,石川ら3名の証言によれば,激しい衝撃を直接受けた部位である。首がねじれ,顔が右下に向くほどの衝撃を左頬に受けたのであるから,当然,左頬にその痕跡ができたはずである。

そのため,例えば,右陪席裁判官も,石川に対して,「いわゆる青あざのような形のものはできましたか」と質問をしているのである(845項)。

これに対して,石川は,「いや,真っ赤になりました」と証言した(856項)。また,「赤く腫れました」と赤く腫れたことを強調していた(276項)。

しかし,星田が口の中を見ても切れていないし,安藤医師も,内出血がなかったと言い,カルテでさえも「真っ赤」との記載がないのであり,石川の証言は信用できない。

このように,原判決は,石川ら3名の証言する激しい暴行の程度と石川の左頬の状態が整合していないことについて,なんらの説明をしていないが,これはできないのである。

 

3 以上のとおり,石川ら3名の証言する暴行の程度は,石川の左頬の状態と整合しない。

そして,石川の左頬の状態については,安藤のカルテでも明らかであるから,石川ら3名の証言する暴行の程度のほうが誤りである。つまり,石川の左頬の状態からして,石川ら3名の証言は事実に反しており,「私の左頬に激しい衝撃を受け,痛みを感じて首がねじれ,顔が右下に向いた」ような「右肘で1回肘打ちする」行為はなかったのである。

 

 

第5 頚部の症状は「肘打ち」と関係しないこと

1 頚部捻挫は疑いであり,別の原因があること

@ 原判決は,「頚部捻挫の傷害を負わせ」とする(判決書1頁)。

A しかし,安藤医師の1月16日のカルテには,「左顔面打撲,頚部捻挫(S/O)」である。(S/O)は,疑いの意味である(安藤182項)。

そして,1月21日には,「頚部の症状は,C5/6の椎間板症,関節症によるものが考えられる」との記載がある。

また,1月16日のカルテには,「左小指にしびれ感は以前よりあり」との記載もある。

従って,頚部の症状については,椎間板症や関節症という別の原因が考えられるのであるし,それは,以前からのものであって,本件との関連性を証明されていない。

なお,このC5/6の椎間板症,関節症に関する治療は行われていない。

 

2 筋緊張の有無が全治3週間と認定する根拠にならないこと 

@ 原判決は,加療期間5日とする診断書があるにもかかわらず,筋緊張の亢進を確認しているから,「頚部捻挫につき全治3週間」とする(判決書16頁)。

A しかし,筋緊張についていえば,2月5日のカルテにも「右の筋緊張がやや亢進している」とある。もし筋緊張の有無によって,全治期間を判断するのであれば,いまだに症状が続いていることになる。

むしろ,筋緊張とは,通常の場合でも認められるであるし,「C5/6の椎間板症,関節症」がある石川について,なんらかの筋緊張があっても不自然ではない。

従って,頚部捻挫によって全治3週間の治療を要することも証明されていない。

 

第6 石川,伊藤,本宮らの証言が信用できないこと

1 石川ら3名の証言が音声データからして信用できないことはすでに明らかであるが,さらに以下の点からしても信用できない。

2 本宮との言い争いの場所について,石川ら3名の証言が一致していないこと

@ 石川ら3名の証言が一致しないこと

石川ら3名は,被告人と本宮との言い争いがあったと証言するが,その被告人と本宮とが言い争った場所については,石川は職員室の中と証言し,他方で,伊藤と本宮は入り口の廊下であると証言しており,一致していない(前記の下線部分)。

A しかし,職員室の中(石川の証言は,職員室に入り,その後,玄関側の入り口から廊下に出たというから,職員室の中である)と,職員室の入り口とでは全く場所が違う。

もし仮に,本当に体験したことであれば,石川にとっては,職員室に被告人が付いてきて本宮が止めに入ったということであるから,場所を間違える余地のないことであるし,他方,本宮にとっても,自分が被告人から言われた場所であるから,これも間違える余地のないところである。

このような極めて簡単で,かつ,肝心な点である言い争いの場所が違うとことは,石川や本宮らの証言が信用できないということである。

ところが,原判決は,この不一致についてなにも指摘していないし,石川ら3名の証言を信用しているのであるから,明らかに間違っている。

 

3 石川の証言が信用できないこと

@ 頬が真っ赤になっていないこと 

石川は,左頬の状態について,右陪席裁判官から厳しく質問されて次のように証言した(840項以下)。

「左のほほが腫れたということですね。

左です。

左のほほのどの辺りが腫れたかは覚えていますか。

この部分です。

目の下ですか。

目の下です。

鼻に近かったですか,それとも耳に近かったですか。

ちょうど真ん中ぐらいだったと思います。

腫れたというのは,どのような感じで腫れたんですか。

違和感があって,痛みが走りました。

いわゆる青あざのような形のものはできましたか。

いや,真っ赤になりました。

その後,青くなりましたか。

そこが青くなったどうかは覚えていません。

青くなったかどうかは覚えてないということですか。

          はい,赤くなったのは覚えています。

赤みはいつごろ引いたと,あなたとしては思いますか。

赤みは何日か後には引いたと思います」

しかし,すでに石川の左頬の状態は明らかであるが,石川が証言するような真っ赤になったとか,何日か後に引いたことはないのであり,石川の証言は信用できない。

 

A 安藤医師に殴ったと説明していないこと

石川は,安藤医師の「問診票は,肘が当たったというように書いたが,これは,直前に警察官には被害届を出さないと言ったこともあり,大きな問題にしてはいけないと思ったからである」という(判決書13頁)。

ところが,診察を受ける時は,「安藤医師に対しては,怪我をした原因及び症状について『殴られて,左ほほが腫れている。そして,首が痛い。』と述べた。」という(判決書13頁)。

    石川の証言は明らかに矛盾している。安藤医師に対して口頭で殴られたと説明したのであれば,問診票と違うと追及されるはずである。 

そもそも,安藤が書いた1月16日のカルテには,「中学校の教員,本日,午後3:10〜15分ごろにトラブルがあり,左顔面に相手の肘が当たった」とあって(甲43),殴られたとは書いていない。

従って,安藤医師に対する説明についての石川の証言は信用できない。

 

B 再診の指示がなかったこと

石川は,安藤「医師から,5日経って治らなければ再来院するよう言われた。」という(判決書13頁)。

しかし,安藤医師は,「なお,レントゲン撮影はしておらず,再来院の指示はしなかった。」のである(判決書7頁)。

従って,再診の指示についての石川の証言は信用できない。

 

4 被告人を空手の有段者と決め付け,悪印象を与えようとしたこと

   被告人は,空手を習っていたことはあるが,有段者ではない(被告人245項)。

しかるに,石川は,「言い合いになっているときは,完全に空手の有段者というのを忘れていました」と証言し(石川388項),伊藤も,「玄人だなと思いました。」と証言した(伊藤151項)。

これらは,被告人が空手を習っていることを利用して,被告人に対する悪印象を与えようとしているのである。

 

 

第7 被告人の取った行動が不自然ではないこと 

1 原判決の判断

原判決は,被告人の石川に対して取った対応の内容が不自然であるとする。その内容は,

ア,「被告人がいた廊下上で,被告人が石川教諭から離れるのを妨げるような障害も見受けられないこと」,

イ,「その一方で,被告人が石川教諭に対してとったとする対応振りは,両手で壁を作って左から右に払うというものであるところ,被告人の供述を前提にすれば,肩や胸で被告人の身体に当たってくる石川教諭に対して効果的な方法とは言い難いこと」

の2点であろう(判決書29頁)。

 

2 石川の体勢

しかし,本件自宅録音からは,「あのでかい体で押してくるんよ」と石川が押してきた状況が鮮明に説明されている。

石川は,身長174センチ,体重100キロ,ウエスト1メートルであり(石川791項以下),身体そのものが「離れるのを妨げるような障害」である。

   しかも,石川は,両手を下げてハの字に広げて,迫ってくるのである。

このような体勢をとって,被告人が逃れないようにしながら,相談室へと追い込もうとしているのである。

 

3 被告人の防御の体勢

これに対して,被告人が「このときもお互い手は出せないという共通認識があったと思う」と供述しているように(判決書27頁),被告人が直接,石川の身体を押し返すことはできない。

保健室の前の廊下は狭いので,被告人は相談室の前くらいまで石川に押し込まれ,壁を背にするようになった(被告人96,97項)。

そのために,石川の目の前で壁を作るように両腕を左から右へ振り,石川が押してくることを止めて,その隙に石川の右側へ逃れようとしたのである(被告人101項)。

従って,ハの字に両手を広げて押してくる石川を止めるためには,石川に直接触れることがないように,石川の目の前で壁を作るようにしたのであって,不自然ではない。

 

 

第8 星田の証言の信用性があること

1 原判決の判断

   原判決は,次の点をもとに信用できないという。

ア,「本件刑事事件の帰趨が民事事件にも重要な影響を及ぼすことが見込まれ,その意味において重要な利害関係を有していること」,

イ,「石川教諭とのやりとりが終わった後は騒ぎが終了したと供述する部分は,本件現場録音,すなわち,被告人と伊藤教諭との大声で口論がされた状況とおよそ整合しないこと」,

ウ,「捜査段階においては,当初,被告人の肘が石川教諭に当たったことがある旨の供述し,その後,肘が当たったのは見ていない旨変更し,更に殴ったのは見ていないが肘が当たったのは見た旨変更したことが窺われる」とする(判決書25頁)。

 

2 アの民事事件に影響する点について

星田の民事事件では,本件の現場に校長がいたかどうかが争点であって,被告人が肘打ちしたか,肘が当たったかではない。

星田は,現場にいた校長の指示を受けずに高橋が警察に通報したと説明している(星田296項)。

ところが,学校の幹部教師らは,校長は現場にいなかったと保護者らに説明してきた(星田298項)。そこで,自分たちの説明と異なる真実を話す星田を排除しようとしたのである(星田307項)。

そもそも,星田は,幹部教師らと対立していたわけではない。むしろ,教頭からは,被告人が保健室にいつ来たか,来た日と内容を知らせよと指示されていた(星田41項,304項)。このように星田は幹部教師側にあると思われていたのであるが,本件以降,幹部教師らの態度が一変したのである。

従って,校長がいたかどうかは,民事事件に影響を及ぼすが,本件刑事事件の肘打ちをしたかどうかは,影響しない。

 

3 伊藤とのやり取りの記憶について

星田の証言は,「保健室前での言い合いは収まり,他の教諭は玄関の方へ行き,被告人も職員室の方へ向かった。私は,相談室の先にあるベンチで校長に事情説明をした。その後,被告人と伊藤の言い争うような声は聞いていない。」ということである(判決書24頁)。

つまり,保健室の前での争いが終わり,教員らが職員室や玄関の方へ行った。その後で,伊藤との言い争いは聞いていないということである。

また,保健室前での言い争いは,被告人と石川との言い争いが中心である。被告人も,本件自宅録音では石川とのことを説明している。

「今度は周治がこりゃいかんな

そん時もう大声だしよるけんな

相談室へって

あのでかい体で押してくるんよ,ほんで,押してくるな,当たるな

肘が多分,顔に当たった

それでお互いにわーっと,途中から貴仁も

このような経過であるために,星田の印象としては,被告人と石川の言い争いの点が残ったのである。伊藤の声は激烈であるが,最後の場面であるし,石川のように,身体で被告人に押していくこともなかった。伊藤は,後ろから羽交い絞めにされていたのであるから,被告人のことを心配することもなかった。

事実を見た後でも,印象の弱い部分は記憶しないこともあるが,少なくとも,石川ら3名のように無い事をあったと証言するものではないから,星田の証言の信用性を否定することにはならない。

 

4 殴っていないことは一貫していること

星田は,事件当日,土居派出所に行って,「もしこれが殴ったということになって事件になるんだったら,私はいつでも証人になって出ます。殴ったのではありません,当たったのですということを言いに行きました。」のである(357項)。

また,星田は,公判廷において,「私は殴ったところは見ていませんが,その手を自分の顔の前に挙げていて振っていたので,どこかが当たったんだなと思います。そのときに,石川先生が『殴った』ということを言ったんじゃないかなと思います」とか(78項),「当たったかなと思う箇所はありました。何回も手を振っていたから,あっ,今のは当たったんかなと思う箇所はありました。」(79項)とする。

また,同じく,「これだなというのは見ていません。これが,この瞬間が当たったというのは見ていません。でも,当たったんだろうとは思います。何か言いよることが,ごめんなさい,変なんですけど。」とか(191項),「挙げた手が当たっ・・・挙げた手が,ほっぺとか顔に当たったかなとは思います。」(197項)とする。

星田は,検察官の質問に対して,平成20年9月の取調べについて,「『当たりませんでした。』と言ったと思います。『殴りましたか。』と聞かれたから,『殴っていません』というような返事をしたと思います。」と証言している(207項)。

また,「だから,質問に『殴ったでしょう,殴ったでしょう』と何回も言われたから,『いや,殴ったのは見ていません。』と,見てないことは見ていません。でも,『殴ったでしょう』と言うから『じゃ,当たったんでしょう,当たりました。』というようなお返事をしたつもりです。質問によって,だから私はそのときの質問で,答えが変わっていったと自分で思っています。とにかく『殴ったでしょう,殴ったでしょう』ということを何回も何回も言われるから,殴ったんではない,本当に。ほんで「ひじで殴ったでしょ。」と言われるから『ひじが当たったんであって殴ったんではない』ということを言いたくて,ひじが当たったんですと言ったり,『殴った』と言われたら,『いや,殴っていません』というようなお答えをしたんであって,私の中には殴ったというのは本当にないんです」とする(209項)。

「だから,当たったように見えたのは顔の,挙げた手が顔に当たったように見えたんです。だから,『見えました。』ということを言ったんです。」とする(214項)。

以上のとおり,星田の証言は,殴っていないことについては一貫している。

 

5 星田の証言が,石川の左頬の状態と一致すること

星田の証言は,ひじが当たったように見えたということであるが,それは,石川の左頬の状態と一致することである。 

星田が石川の口の中を確認したが,切れていなかった(星田96項)。次の日に,湿布をしようかと勧めたが,石川は「冷たいけん,湿布は要りません」と言ったのである(星田104項)。

石川ら3名の証言する激しい暴行よりも,星田の証言する「ひじが当たったように見えた」ということが,石川の左頬の状態と一致していることは明らかである。

 

6 以上のとおり,星田の証言を否定する根拠はないし,実際にも,星田は石川の口の中を確認しているのであるから,星田の信用性は高い。

  それを否定した原判決が事実誤認であることは明らかである。

 

 

第9 事実誤認のまとめ

本件については,本件現場録音や本件自宅録音という客観的証拠がある。弁10号証では,午後3時のチャイムから午後3時16分のチャイムまでの録音がある。検察官も,本件現場録音の元になっている午後からの長時間にわたる音声データを差押さえで所持している。従って,この客観的証拠を踏まえて,事実を認定するべきである。

ところが,音声データには,本宮との言い争いや,壁や掲示板を叩くことが録音されていない。しかるに,石川ら3名は,一致して事実にないことを証言しているのであり,明らかに虚偽の証言している。

しかも石川らは,「ランチルーム」のメンバーであるし,高橋は,被告人に対して「いね,いね,病気のやつは」と言ってきた者であり,幹部教師らは,そもそも第三者の立場になく,信用できない。

他方,被告人は,本件自宅録音のとおり,事件の当日,「振りほどこうとしたらなんか当たって」と認め,また,石川が反対側を押さえていたことを話しているのであって,その供述は一貫している。

   さらに,最も重要な点は,首がねじれ,顔が右下に向いたほどの肘打ちを受けたと証言する石川の左頬の状態は,「真っ赤」になっていないし,口の中も切れていないし,湿布もしていないのである。

   従って,被告人が石川の左頬部を右肘で肘打ちしたと原判決が認定したことは,事実誤認である。

 

第10 量刑不当

1 原判決は,公訴事実のうち傷害につき事実誤認したうえで,懲役刑を選択しているが,前述のとおり,傷害は事実誤認であるから,この点で,すでに原判決が量刑不当であることは明らかである。

被告人は,名誉毀損については公訴事実を認めている。しかし,その量刑として,懲役刑を選択することは量刑不当である。

名誉毀損に対する量刑については,名誉毀損に至った経緯が重要である。名誉毀損は,土居中学校に関することだからである。本件は,1月16日のトラブル,その前の平成19年4月からの土居中学校の状況などから判断しなければならない。

以下,詳論する。

 

 2 本件の直接のきっかけ

   本件は,1月16日のことが直接のきっかけである。この日,保健室において,被告人は,生徒から,「おまえサボっとるんだろうと見られて」,幹部教師ら(教頭,伊藤,石川,本宮,高橋)に無理やり教室に行くように言われることが辛くて,それがいやでいやでたまらずに,3年生の1月であるにもかかわらず転校を決意したことを聞いた(被告人85頁)。

そこへ,その生徒に対し,これまでと同じように教室へ行くようにと,伊藤や石川が生徒を連れ出しにきたのである。

被告人がそれを止めさせようとして,本件のトラブルになったのである。

   従って,本件は,被告人が,転校せざるを得なかった生徒を守る為に行動したことであり,教師として生徒を守ろうとする真剣な姿勢からのことであり,そのことは非難されることではない。

   また,1月16日は警察に通報されているが,同僚で廊下で止めに入った村上るみ子は,警察が来たことについて「なぜ来たんだろうとは思いましたが,そこまで追及する気持ちはなかったです」と証言した(村上るみ子184項)。

本件のきっかけも,なぜ,警察が来たのかと疑問をもつことだったのである。

 

3 教育の場で話し合いができる環境はなかったこと

   ところが,原判決は,被告人の行動につき,肘打ち行為を事実誤認しているとはいえ,保健室から伊藤や石川を出したことを厳しく非難する。

   原判決は,「男子生徒に対する土居中学校の関わり方,教育方針の是非については,教育の現場で,話し合い,議論を重ねて,検討し,是正すべき点があるなら是正していくべきであって」とする(判決書31頁)。

   本来から言えば,そのとおりであるが,本件の量刑を判断するうえでは,実際に土居中学校において,そのような取扱いができる可能性があったかどうかを慎重に判断するべきである。

土居中学校においては,生徒だけでなくて,被告人自身が幹部教師らから嫌がらせを受けてきたのである。それは,平成19年4月に被告人が土居中学校に転勤となり,被告人が生徒らに対してうつ病であることを話したことから始まることである。幹部教師らは,授業以外は学校に来ないようにとか,数学のテスト範囲を連絡しないなど学校での情報を与えようとしなかった(被告人399項)。

幹部教師らは,被告人を生徒らから引き離す為,学校に出勤しなくてもよい,授業以外は欠勤しろという扱いをしてきた。

そこで,被告人は,教育委員会に対し,「土居中学校におけるパワーハラスメント」と題する書面など(弁13,14)を提出して,救済を求めた(被告人39項)。

しかし,幹部教師らの言動が,あたかも,被告人の体調を慮ってという形式を取るために,教育委員会も是正の対応をしっかりと取ることができなかった。教育委員会の河村次長は,「土居中学校におけるパワーハラスメント」と題する書面のような文書が提出される前にも,口頭での依頼があったにもかかわらず,具体的な対応については「十分覚えていない」というのである(河村24,28項)。

その中で,高橋による「いね,いね,病気のやつは」という,あからさまな嫌がらせを受ける状態までなっていたのである。

また,石川は否定するが(石川488,491項),被告人に対し,「先生,そこを動くなよ,不審者見回りをしよるけん」と言ったり,被告人が生徒と話していると,石川が間に割って入り,生徒と切り離そうとしてきたこともある。

そして,1月16日のトラブルがあった。

ところが,肝心のトラブルの原因については,教育委員会の河村次長は,「当時,そこまでその生徒に関してのトラブルの問題,どこに問題があったのか,そこまでは分析しておりません。」と証言した(河村115項)。

また,校長も,保健室にいた生徒のことが問題であるかとの質問に対し,「そのことで,別に言い合いになったり,そういうトラブルになったとは,直接の原因とは思っていません。分かりません。」と証言した(村上校長123項)。それでは直接の原因はなにかとの質問に対し,「僕はわかりません。」というのである(村上校長124項)。ただし,「私が聞いているのは,入試のこととかもあって,できるだけ教室に上げたいというふうな親御さんからの話があって,声かけをして,上げていくようにしているけど,無理にとかいうような形は,僕は聞いていません。」とする(村上校長128項)。

入試のことを指摘するが,その入試を受ける3年生の1月に転校したのであるから,真実は明らかである。しかし,校長らはあえて真実から目を背けているのである。

本件の後で漸くして,平成21年4月になって,「ランチルーム」のメンバーである教頭,石川,伊藤,本宮,高橋が一斉に転勤となった(篠崎5項,石川4項,伊藤4項,本宮6項,高橋4項)。

このような土居中学校における状況においては,平成19年度の当時,生徒の問題について,被告人と幹部教師らの間で,教師間における本来の話し合いができることはなかったのである。

しかも,本件は,生徒を転校に追いやった伊藤や石川を,その生徒から引き離そうとしたのであり,被告人が伊藤や石川を保健室から出したことは,やむを得ないことである。

 

4 「無抵抗の被害者」に対し,いきなり暴力に及んだものではないこと

  原判決は,「無抵抗の被害者に対し,いきなり判示第1のとおりの暴力に及び傷害を負わせたものであって,教育者の取るべき行為として常軌を逸しているというほかない。」とする(判決書31頁)。

  しかし,前述したとおり,被告人は,右肘で肘打ちをしていない。

また,石川が「無抵抗」でもなかった

被告人が取った行動は,石川の目の前で,曲げた両腕を左から右へ振ったことである。

それは,石川が自分の身体を当てながら,両手をハの字に広げて押しながら,相談室へ追い込もうとしたことに対して,被告人は,石川の右側へ逃れようとした行動であり,被告人から積極的に動いたわけではないし,攻撃的なことをしたわけでもない。

あくまでも防御の方法として,石川の目の前で,両腕を左から右へ振ったのであるが,たまたま,石川に当たったに過ぎず,この被告人の行動も,やむを得ないものである。

 

5 名誉毀損の時期

   名誉毀損の時期は,1月16日以後の4ヶ月も経った5月5日,同月23日のことである。1月17日以降,被告人は学校に戻れなくなっていたのである。

   1月16日に警察に通報されたこと自体がショックであったが,次の1月17日の教育委員会での話し合いでも,校長から,「生徒と話をするときには学校長の許可を得てから話をせえ」とか(妻20項,河村次長106項),事件が解決しないと学校に出てきたらいけないという話が,「そのようなことを話があったように思います」とする(河村次長107項)。

   そのため,被告人は,病院に行き(妻20,21項),病院では,「一切そういった学校関係者と関わることを主人に禁じたということがありました。」となった(妻41項)。

その後,話し合いができる可能性が生じたこともある。1月24日ころ,生徒の祖母が,学校に出向き,被告人が休んでいることを知ったことから,学校の責任を追及してきた。そのことがあって,1月25日には,幹部教師らの態度が変化し,石川と被告人の「二人を会わせて,謝罪し合わせて,この事件を終わりにしましょう」ということになった(妻38項,河村次長122項)。

本来であれば,この1月25日に解決できたことであった。

しかし,この話し合いができず,学校側は一方的に被告人が暴力を振るったと,保護者や生徒たちへ説明し始めた。

2月になって,教育委員会や校長と話し合ったが,教育委員会は,被告人が土居中学校に復帰できるように話を進めていたが(河村次長134項),校長は,「河村は石川さんを殴ったと。その音を聞いた先生もいるから,大変なことをしていると。そのことを生徒にも説明しているから,学校にきてもらったら,やっぱり困るというようなお話だったように記憶しています。」ということであった(妻109項)。

幹部教師らは,教育委員会による復帰の話に従わず,また,被告人が一方的に暴力を振るったという説明をしていたのである。

これに対し,被告人の妻は,平成19年4月以降のパワーハラスメントを含めて,法務局に対し,平成20年2月に人権救済の申し立てをしているのである(妻111項)。

このように被告人は,平成19年4月から学校内で排除されてきたが,平成20年1月16日に警察に通報され,17日以降は,学校に出ることも禁じられたのである。

そのことが続いていた中で,名誉毀損のことが生じたのである。

 

6 掲示板サイトの記載が,被告人の一方的な掲示だけではないこと

  本件の名誉毀損が掲示された「☆土居中☆現役&卒業生・・・集まりんしゃい!」は,被告人が開設したものではない。

  このサイトでは,土居中学校における幹部教師らの問題が掲示されていた。

  これに対し,サイトの荒らしが行われるようになった。その中には,意味のないことを繰り返すものだけではなくて,直接,被告人や星田を誹謗するものが含まれていた。

  3月23日には「誰かと思えば,『A教諭』って以前は授業もせずに給料だけ取ってたアイツのことだろ」と書き込みがある。

  4月13日には「日本一も大嘘つき『☆田』やある政党の組織とつるんで,毎日パソコンにかじりついてこんなことやっとるんでないん」「あの凍りつくようなマジックと,キモイつくり笑顔とスパイダーマンTKで〇南中でも人気者になってや」と書き込みがある。その後も,被告人を誹謗する書き込みが続いた。

  本件は,これらの書き込みがあった後の5月になってからのことである。

 

7 被告人の体調

  被告人は,うつ病に罹患し,休職を経て,土居中学校に転勤してきたものである。被告人は,勤務しながら,体調を改善し,徐々に仕事に復帰できることを望んでいたが,幹部教師らは,病気で苦しむ被告人を生徒や保護者から遠ざけようとした。それでも,被告人は少しずつ勤務ができるようになっていたのである。

  ところが,1月16日のトラブルと,それを口実にした警察への通報があり,被告人の心労はさらに追い込まれた。体調がどんどん悪くなり,薬も増えていった(妻100,101項)主治医は,学校に関ることを禁止していたのである。

しかし他方で,学校においては,被告人の「暴力行為」と説明されていたが,これに対して,直接の対応ができなかった。

その後,被告人は平成20年4月に三島南中学校に転勤となったが,出勤することができず,5月からは休職になっていた(被告人142項)。

  このように被告人の体調が悪化していたことが本件に大きく影響している。

 

8 反省

  被告人は,名誉毀損については,大変な過ちをしたと深く反省をしている(被告人145項)。被告人は,「これだけ私も身に染みたし,周りの本当に家族や周りの人たちに心配をかけましたんで,絶対に繰り返してはいけないと,もうつくづく思っております」(被告人548項),「やっぱり非は私にあると,こういう騒動を巻き起こした非は私にあると思います」と反省している(被告人550項)。

  また,被告人の妻も,トラブルの翌日である1月17日に,石川が診断書を取っていると聞いたので,治療費を支払うために学校へ謝罪に行っている(妻26項)。

 

9 懲役刑による不利益

  原判決においても「本判決により被告人に対して地方公務員法等に基づき厳しい措置が講じられることが見込まれる」とする(判決書32項)。

  懲役刑が選択されると,公務員を失職することになり,被告人は教員を続けることができない。また,退職手当等も支給されず,経済面でも大変厳しい処分を受ける。

  本件において,生徒のことを真剣に考えて,生徒を守るために行動しているのは被告人である。そのため,生徒の祖母から感謝されている。

  また,被告人は授業に熱心に取り組んできた。被告人を誹謗する書き込みでも,「スパイダーマンTK」のことを取り上げているし,授業の準備も熱心にしてきた(妻97項)

  被告人の名誉毀損は許されることではないが,本当に教育熱心な被告人を教育現場から排除するべきことではない。被告人は,本件のことを真剣に反省し,「だれから見ても見本であるように,安心して,あの先生だったらというふうに言うてもらえるようにという,そういうふうにせないかんと思っています。」と教育への熱意をさらに高めているところである(550項)。また,体調についても徐々に回復しており,被告人は本件を契機にして,教育活動を充実させていくものと考えられる。

 

10 量刑不当のまとめ

   以上のとおり,本件は,土居中学校における事情を考慮しなければならない。本件は,平成19年4月から始まるものである。平成19年4月以降,幹部教師らが学校から排除しようと被告人に嫌がらせを続けてきたこと,その中で,平成20年1月16日に幹部教師らからいじめられている生徒を助けようとして,たまたま肘が当たったこと,ところが,それを口実に警察に通報されたことである。それ以後は,学校に出ることを禁止され,一方的に暴力を振るったと生徒に説明されてきた。サイトにおいても,被告人や星田が誹謗されていたのである。そのために,被告人の精神状態が悪化していたのである。

   また,被告人が熱心な教師であることは,伊藤でさえも認めている(伊藤282項)。平成19年4月以降でも体調不良に苦しみながらも,一生懸命に授業を行ってきたのである。

   そもそもの本件の直接のきっかけも,幹部教師らからいじめられ,3年生の1月時点で転校を余儀なくされた生徒を守るための行動であって,生徒の祖母が感謝している。

   被告人は本件を真剣に反省しているし,前科前歴もない。

   他方で,懲役刑を選択することは,被告人の教員資格を奪い,教育現場から永久的に排除することになる。また,退職手当を支給されないなど経済的にも極めて厳しいことになる。

   従って,名誉毀損に関する量刑は,罰金刑が相当である。

以上

 

 

 

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