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土居中事件

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土居中事件は、単に教員たちがトラブルを起こしたというものではありません。

そこにはふかい“根”がありました。

裁判でそれが明らかにされました。

 

河村卓哉教諭の証言

弁護人(水口)の証人尋問

弁護M:それで、次は、その1月16日のトラブルの原因ですけども、これは保健室にいた生徒のことが問題だったわけですか。

はい。

弁護M:その生徒は、簡単に言うたら、どんな生徒なんですか。

非常にまじめな子で、さわやかで、前向きで、私は1学期には少人数クラスでその子を持ってたんですけど、とても好感が持てる、スポーツマンタイプの子でした。

弁護M:その子は土居中学校を転校していくわけですよね。

はい。

弁護M:それは、河村先生はいつごろ知ったんですか。

その1月16日の朝知りました。

弁護M:彼はどういうことから転校すると言ったんですか。

話はすごく長いんですけど、一言にまとめたら、土居中の教師からいじめられていると、授業には行けんようになっとんのに、行け行けいうて無理やり連れていかれると、もうこれ以上は僕はここにはおれんという、そういうことでした。

弁護M:その無理やり連れていかれるというのは、どういうことなんですか。

授業には、本人は気持ち的に出れないんですね。ところが、見た目に、骨を折っとるとかいうようなんじやないから、おまえサボっとるんだろうと見られて、それで授業へ行けというふうに、強引に保健室を引っ張り出されるみたいな感じでした。

弁護M:それで、1月16日のときも、その生徒を呼びに来たということですか。

はい。清掃が済んで、終わりの会が済んで、しばらくしたときに、伊藤貴仁教諭が呼びに来ました。

弁護M:生徒はどんな感じでしたか。

生徒はもうその前にそういうようなこと、僕、その日、5時間目に話を聞いて、全部言うてくれてですね、特に伊藤貴仁教諭と篠崎良治教頭からは、もう頻繁にそういうのをやられていて、彼ら2人はもうとにかく許せんのじゃと言いよったんです。そこへ伊藤員仁教諭が呼びに来たんで。彼はもう、僕も勧めたんですけど、最後の日だからね、でも、もう「友達に会ったら、また未練が出たらいかんから、行けん」と言いよったんで、代わりに僕が「行けん」と言いました。

弁護M:それで、河村先生と伊藤貴仁さんらがその廊下に出るわけですか。

はい。僕がとにかく出えということで大声を出して、外へ出るように流れを作って、そこへ石川周治教諭も来たんですけど、両方どもその廊下へ一緒に出るようにしました。

弁護M:廊下に出た後、どんなことがありましたか。

私が大声を上げとるもんだから、石川周治教諭が私を相談室へでもということで、体で押してきました。

 

 

篠崎良治教頭、伊藤貴仁教諭、本宮久忠教諭、石川周治教諭、高橋恭敬教諭たちは、

教室に行くことが困難になって、それでも登校するために、保健室登校させてほしいという生徒に耳を貸すことなく、むりやり連れ出していたのです。

 

 

 

星田真喜子教諭は、こう証言しています。

星田真喜子教諭の証言

弁護人(水口)の証人尋問

弁護M:この生徒は、どうして保健室に来るようになったんですか。

クラスでその子と遊ぶと「おまえ、あいつにもししやべったら、おまえから50円取るぞ。」というようなことを言われて、それがクラス中に広がって、その子がみんなから孤立していって、とてもつらくなって、学校へ来ぬくくなったということが原因です

弁護M:そもそものきっかけはね。

はい。

弁護M:その子は、そういういじめに遭っていることを教師たちに訴えてはいないんですか。

訴えていました。

弁護M:どんなことをしてたんでしょうか。

学年主任、学担、同和主任に話をしていたということを聞きました。

弁護M:役職まで言われると分からないんだけど、学年主任と言ったわけですか。

はい。名前を言ってもいいんですか。

弁護M:そのほうがいいんだけど。

すみません。

弁護M:学年主任は、だから伊藤さんのこと。

伊藤先生、本宮先生、恭敬先生、この3人には言ったと言いました。

弁護M:本宮さんは同和主任ですか。

はい。

弁護M:それから、高橋恭敬さんは教務主任ということですか。

はい。それから学担。

弁護M:学担とは何ですか。

S先生にも言ったと聞きました。

弁護M:学担は学級担任という意味ね。

はい。

弁護M:だから、クラスの先生という意味ね。

はい。

弁護M:それで、そういう先生に相談をしたと。その結果はどうなりましたか。

そういうふうにしていじめがあるんだということを言ったら、どの先生にも同じところで、同じところというか各先生が4名おるところで、「おまえが何かをしたからそういうことを言われ始めたんだろう、何をしたか正直に言うとけ、後で分かったらこらえんのぞ。」ということを言って、自分がつらいということをまず認めてくれなかったということで、とっても教室には行けないというので、保健室に来ました。

弁護M:それで、保健室のほうに来るようになったわけですよね。

はい。

弁護M:その子は、3年の3学期の1月に、この事件の後ですけども転校しますよね。

はい。

弁護M:それはどうしてか聞いてますか。

聞いています。お母さんやお父さんからお電話いただいたり、本人から家に来てくれと言われたりして、家や学校で話したときに、どうしても自分を信じてくれない、友達ももう信じられない、何か避けられるような気がする、こういう状態で自分は進学ができんから、大事な高校進学だから違う学校に行って進学を考えたいと、それまで保健室登校をさせてくれと、お母さんからも、1日でも1時間でも行ってほしいから、先生、保健室で預かってもらえないかということを言われました

弁護M:それで、保健室で、いわゆる保健室に登校するようになったわけですけども、保健室で何とか来ているのに、それを教室に連れていこうとする教員もいたということですか。

そうです。学級担任は親からも保健室でいいからと言われとるから、保健室においてくれということをS先生からは言われていたんですが、そのほかの先生はみんな引っ張りに、無理に連れていこうとして保健室に来ました

弁護M:そういう保健室から教室に連れていこうとすることについて、生徒自身はどのようにとらえていたんでしょうか。

とってもつらそうでした。「明日から学校に来ん。」というのをしきりに言っていました。

弁護M:そういう保健室から連れ出そうとすることがつらいということを作文にも書いているということですか。

はい。

 

 

私たちがつかんでいるもう少し詳しい話をしますと、幹部教師4名が、実はM君が嫌がるのに「話せ話せ」と無理やり話をさせて、そして、M君のつらい気持ちをぜんぜん訴えなかったのでした。このことによってM君の心はたいそう傷つきます。

自分がつらいということをまず認めてくれなかった

 

そして、教室には行けなくなってしまうのです。守ってくれたのは、星田真喜子教諭と担任のS教諭でした。

しかし、幹部教師が中心になって、保健室にいる生徒をどんどん連れ出しに来ます。

 

これは、平成20年の1月5日に職員会で、複数の教師で保健室を見に行き授業に連れていくということを、星田教諭がいなかったのに、勝手にきめてしまっていたからです。

それで、3学期早々、土居中の教師たちのほとんどは、生徒の声に耳を傾けることなく機械的に組織の歯車として幹部教師の意図どおりに動くようになってしまっていたのでした。

 

さて、M君の家庭では、M君が少しでも学校に折れるように保健室に居させてやってほしいと訴えています。

お母さんからも、1日でも1時間でも行ってほしいから、先生、保健室で預かってもらえないかということを言われました

 

そして、学級担任のS教諭はそうしようと、星田真喜子教諭に相談するのです。

学級担任は親からも保健室でいいからと言われとるから、保健室においてくれということをS先生からは言われていた

 

 

ここで、絶対に許すことのできないことを見ておきましょう。この幹部教師たちの証言をご覧ください。

 

伊藤貴仁教諭教諭の証言

弁護人M(水口)の証人尋問

弁護M:今回の問題の平成20年の1月16日のことですけども、直接、原因になったのは保健室にいた生徒のことですか。

それは分かりません。

弁護M:あなたが3年2組の副担任で、保健室にいた生徒を教室のほうに連れていこうとしたわけでしょう。

連れていこうとしたのではなくて、合唱の呼びかけに行っただけです。

弁護M:河村先生はそれはいかんと言うんですか、そういうことはしないんだということで、あなたを保健室から出そうとしたということでしょう。

はい、そうです。

弁護M:河村先生はあなたに対して、「生徒に失礼なことをして」というふうに発言をしたわけですか。

はい。

弁護Mこの生徒に失礼なことをしてというのは、具体的に何を指すんですか。

分かりません。

弁護M:今日も来られてますけど、石川先生もこのときに「おまえらがこの子を苦しめたんじゃが」ということも言っていたというふうに証言されたんですけど、河村先生が言ってるのは、この保健室にいる生徒に対して、伊藤さんや石川さんらが、失礼なことなり苦しめるようなことをしてると、そういうことを言っているんですけども、この中身について、あなたは分からないんですか。

特に分かりません。

弁護M:この生徒は1月に転校してますよね。

はい。

弁護M3年の3学期に転校するということをしてる。だから、特別な事情があるんではありませんか。

だと思います。

弁護M:副担任であるあなたも、その理由を知っておるでしょう。

知りません。

弁護M:この生徒は1月に転校するその日に作文を書いて、自分がなぜ転校することになったのか、その理由を書いていませんか。

作文を書いたのは知っていますけれども、作文は手元にないですから、分かりません。

弁護M:あなたも3年2組の副担任だから、3年生の3学期に転校する生徒が最後に書いた作文を読んでいないんですか。

 

検察官Y(柳浦)

検察Y:異議あります。この生徒の転校理由は、本件とは関係がこれ以上はないと思います。

 

弁護人(水口)

弁護M:ありますよ。

 

熱田裁判長

裁判長:理由。

 

弁護人(水口)

弁護M:なぜあるかと言うと、今回の事件は、この1月16日に保健室にいたこの生徒のことを巡って起こってるんです。そうすると、河村先生がなぜこの生徒を守ろうとしたのか、なぜ伊藤さんや石川さんを保健室から出そうとしたのか、そこが一番問題なんです。その問題のことは、この作文に書いてあるんです。その作文のことを副担任であるあなたが知らないということはないんです。だから、この作文の中に生徒は、教頭や学年主任の伊藤先生らから、保健室から出て、教室に行けと言われるのが大変つらいんだと、そういう作文じゃありませんでしたか。

その作文がネットに出てるのを見ました。本物は見てないです。

弁護M:だから、そういうことを言うから、本当に副担任の仕事をしてるのかどうかということを私は疑うけどね。子供が何に苦しんでるかというと、保健室に複数の教員が来て、保健室で何とか学校に来てる子供を、無理やり教室に引きあげようとすることじゃないんですかということです。そのことを生徒が悩んで、苦しんで、3年の3学期というこの大事な時期に、転校を余儀なくされたんではありませんかということです。それをあなたは知らないんですか。

そのことが理由だということは知りません。

弁護M:だから、河村先生がなぜ保健室から、あなたや石川さんを出したかったというのは、そういう生徒の苦しみを知っていたからではありませんか。

それはよく分かりません。

 

 

 

伊藤貴仁教諭は「分かりません」、「知りません」を連発します。実は自分がM君をいじめていたことをよく自覚しているからです。だから、こう言って逃げるのです。

 

 

ここは、

教育の本質にかかわる最も大切なところ

です。

 

水口弁護士はそこのところを心の底から訴えます。

河村先生がなぜこの生徒を守ろうとしたのか、なぜ伊藤さんや石川さんを保健室から出そうとしたのか、そこが一番問題なんです。

 

この作文の中に生徒は、教頭や学年主任の伊藤先生らから、保健室から出て、教室に行けと言われるのが大変つらいんだと、そういう作文じゃありませんでしたか。

 

 

それでも、伊藤貴仁教諭は「分かりません」、「知りません」を連発して逃げるのです。

 

 

 

 

河村卓哉教諭はM君を守ろうとした

のでした。

 

 

そのときまでに、土居中学校で幹部教師たちから執拗な嫌がらせを受けて河村卓哉教諭自身、彼らに異を唱えるのは危険なことだと認識していたに違いありません。

一般の教師なら何も言わないでしょう。保身を考えて、何も言わずに、彼らの言う通りに任せるでしょう。

しかし、河村卓哉教諭は、M君が転校してしまうその最後の日まで、これまでM君を苦しめてきた教師による連れ出しで、M君にいやな思いをさせたくなかったのでしょう。

河村卓哉教諭は、土居中学校の中で苦しい思いをしてきたので、M君の苦しみが自分のこととしてよくわかったのです。

 

水口弁護士は言います。

子供が何に苦しんでるかというと、保健室に複数の教員が来て、保健室で何とか学校に来てる子供を、無理やり教室に引きあげようとすることじゃないんですかということです。

 

そのことを生徒が悩んで、苦しんで、3年の3学期というこの大事な時期に、転校を余儀なくされたんではありませんかということです。それをあなたは知らないんですか。

 

 

伊藤貴仁教諭と篠崎良治教頭がもっとも執拗にM君を連れだしに来て苦しめています。

 

その伊藤貴仁教諭は、この水口弁護士の問いかけに対して、

 

そのことが理由だということは知りません。

 

と答えているのです。

 

これが教師なのでしょうか??

恥ずかしくないのでしょうか??

自分は生徒の苦しみなんか知りませんよ、と平気で言っているのです。

 

実際、この後河村卓哉教諭と石川周治教諭が言い合いを始め、その直後に伊藤貴仁教諭がブチ切れますが、そのときやくざ言葉でさんざん罵倒した揚句に伊藤貴仁教諭は「生徒やかなんぞー!」とおらんでいます。

                          その様子の音声はこちらからどうぞ

 

 

彼、および幹部教師たちにとって、生徒は、単なる道具にすぎなかったと言っても過言ではないでしょう。ただ秩序を乱さずに生徒を管理することだけが目的で、生徒の心の痛みなど分かろうともしない。

 

河村先生がなぜ保健室から、あなたや石川さんを出したかったというのは、そういう生徒の苦しみを知っていたからではありませんか。

 

それはよく分かりません。

 

 

 

 

さて、この裁判で河村卓哉教諭が敗訴になれば河村教諭は職を追われることになります。

本当にそれでいいのでしょうか?

生徒の苦しみに寄り添って、自分のことを投げ出してでも生徒を守ろうとした河村卓哉教諭が教育界を追われ、生徒を苦しめて転向に追いやって排除した幹部教師たちはのうのうと、愛媛県の教育界に残る。

はたして、これで本当にいいのでしょうか?

 

愛媛県の教育界が、その本質を問われてくるでしょう。

 

 

この問題はここで終わりません。

M君のことについて、村上正哲元校長以下、幹部教師たちの“犯罪行為”が証言されます。

それを見てみましょう。

 

篠崎良治教頭の証言

弁護人(水口)の証人尋問

弁護M:この事件の発端になった、保健室にいた生徒というのは、翌日に転校してる生徒ではありませんか。

転校はしましたね。

弁護Mその転校した理由が、自分は学校になかなか行けないけども、保健室に何とか来ている、ところが、教頭や学年主任や同和対策の主任さんが、自分を教室に行くように引っ張りに来る、いじられるという言葉を遣ってるけど、そういういじられるのが、嫌でたまらないから、転校するんだと、そういう理由を言っていませんか。

聞きました。

弁護M:生徒からすると、教頭のあなた、学年主任、それから、同和対策の本宮さん、そういう方々が一緒になって、保健室から出るようにすることが、生徒にとっては大変な思いではなかったですか。

私は、2回、話をしに行きました。そして、その保健室にいた先生が教室に上がれと言って、上がらないので、教頭先生、何とかしてくださいということで、二度ほど話をしに行きましたが、私は、大事な時期だから、勉強、お母さんも教室に上がりなさいと言ってると担任から聞いたから、行きなさいよということは言いましたけど、それがつらい思いと、子供が思ったんだったら、そうかもしれません。

弁護M:今話をしてるのは、この116日にいた生徒のことを今言ってるわけですね。

そうですね。

弁護M:それで、保健室にいた先生が、教室に上がらないから、何とかしてくださいと言ったという、先生というのは、どなたのことを指してるんですか。

ヤマウチカズコ先生といって、心の相談員の先生が、教頭先生、お願いしますということで来ました

弁護M:それから、その生徒の親、親族、どなたから言われてるんですか。

母親から、担任に、新居浜工業へ行きたいという話だったんで、入試のほんまに直前ですから、教室へ上げてやってほしいということを、担任が言い、学年会で、それが話されたということを聞いております

弁護M:そうすると、あなたも今の法廷では、生徒が苦しんでたんだということを認められたんだけども、生徒が書いた作文を読みましたか。

読んでません。

 

 

出ましたね。篠崎良治教頭、絶体絶命の場面です。もはやこの点においては言い逃れはできなかったのです。

見てみましょう。

最初の一言ですが、

転校  しましたね。

に、違和感を感じますか?感じますよね。

「えっ?転校はしましただって?それで、転校はしたけど、他に何かあるの?」

思わずそう言いたくなります。3年の3学期の入試直前に転校せざるを得ないなんて、日常的なことではありません。ものすごい特殊なことです

それがわかっていれば、

転校してしまいました

こういうべきところでしょう。いや、こうです。

転校させてしまいました!

 

 

そして、篠崎良治教頭が悪人ではなく正直さが少しでもあるのなら、「自分のせいで転校に追いやってしまいました」と言うべきところでしょう。

 

篠崎良治教頭はこんな人間なので、言ってしまいます。

私は、大事な時期だから、勉強、お母さんも教室に上がりなさいと言ってると担任から聞いたから、行きなさいよということは言いました

 

大嘘です。

 

M君のお家の人は、

お母さんからも、1日でも1時間でも行ってほしいから、先生、保健室で預かってもらえないかということを言われました。

そして、学級担任のS教諭は

学級担任は親からも保健室でいいからと言われとるから、保健室においてくれということをS先生からは言われていた

と言っているのです。

 

このような“大嘘”をついて自分たちの行っていた

いじめの行為を正当化しよう

としているのです。

自分たちが自信を持って言えない行為をしているから、このような言い訳をしなければならないのです。

これは、犯罪行為です。

 

 

さらに、

ヤマウチカズコ先生といって、心の相談員の先生が、教頭先生、お願いしますということで来ました

山内和子教諭を出しにして、彼女が頼んできたから自分は動いたんだと、逃げの手を打っています。

この山内和子と言う人物は、初めから教頭に飼いならされた子分だったのです。

篠崎良治教頭はこういう手をよく使います。

いざという時こういう手を使って逃げることができるように、普段できるだけ自分は表に出ずに、手下の者を動かしてことをなそうとするのです。

 

 

篠崎良治教頭がこれだけ好きなことができるのは、前にも考察したように、土居人対協がバックにいるからです。

そのため、村上正哲元校長は借犬同然です。

村上正哲元校長の証言を見てみましょう。

 

村上正哲元校長の証言

弁護人(水口)の証人尋問

弁護M:あなたは校長でしょう。河村先生と石川周治さんがトラブルになったんだから、何が原因かというのは確認してるでしょう。

弁護M:していないんですか。

しています。

弁護M:しているでしょう。

はい。

弁護M:別に、河村先生と石川周治さんが個人的に仲が悪いわけじゃないでしょう。

そうですね、と思います。

弁護M:それで、保健室にいた生徒のことが問題なんでしょう

そのことで、別に言い合いになったり、そういうトラブルになったとは、直接の原因とは思っていません。分かりません。

弁護M:あなたが思っている直接の原因は何ですか。

僕は分かりません。

弁護M:ないのよ。あなたが分からないと言ってるけども、河村先生と石川周治さんの間で、個人的なトラブルなんかないんです。あるのは、保健室にいる生徒の問題だけです。それで、その保健室の生徒に対して、どういう問題があったかというのは、当然知ってるでしょう。

本人についてですか。

弁護Mはい。

・・・知ってます。

弁護M:どういう問題でしょう。

教室に行きにくいというのはあったというように聞いています

弁護M:行きにくい生徒に対して、教頭さんらはどういう対応をとったんですか。

私が聞いているのは、入試のこととかもあって、できるだけ教室に上げたいというふうな親御さんからの話があって、声かけをして、上げていくようにしているけど、無理にとかいうような形は、僕は聞いていません。

弁護M:教頭さんは、そういう弁解を、この法廷でもしましたけども、生徒のほうは、それをどうとらえてましたか。

生徒とは直接話をしてないので、具体的には聞いていません。

弁護M:なぜ聞いてないの。

転校しましたから。

弁護M:3年生の3学期に転校する生徒がいるんだから、どうしたのといって、まず聞くんじやありませんか。

急なことだったので、私も担任に、そういう話があるなら、事前にやっぱり連絡を入れてほしいというような話はしました。

弁護M:急な話だったら、ますます、聞かなきゃいけないのではありませんか。どういう事情なのか、むしろ、あなたは、聞かなくても分かっていたんじやありませんか。

そのときですか、いつの段階でですか。

弁護M:その生徒が転校する理由です。それを、あなたは、生徒から聞かなくても、分かっていたのではありませんか。

いつですか、いつの段階ですか、僕、それは後から聞いた、転校することになって、急に変わるということで、どういうことかと、それは聞きました。

弁護M:これは、生徒のおばあさんが、学校にわざわざ訪ねてきたでしょう。

はい、後から来ました。

弁護M:1月24日ですか。

日にちは覚えていません。

弁護M:生徒のおばあさんは、河村先生に礼を言いに来たんじゃありませんか。

よく覚えていません。

弁護M:保護者が学校に来てるわけだから、何を言いに来たのか、よく思い出してください。

・・・来たことは覚えています。

弁護M:その目的は、河村先生に大変お世話になったから、その礼ではありませんか。

よく覚えていませんけど。

弁護M:それから、さっきの教頭さんの話ですけども、教頭さんも生徒の両親のことを言われましたけども、星田先生は、この法廷では、生徒のお母さんからも、保健室で預かってほしいと言われてた、だから、生徒のお母さんは、無理に教室に上げなくても、保健室で登校させてほしいと、そういう要望ではありませんでしたか。

その話は聞いていません。

 

 

最高管理職の村上正哲元校長がこれです。

入試直前に転校に追いやられていた生徒の苦しみのことを、知らなかったと言います。

村上正哲元校長については、

入試のこととかもあって、できるだけ教室に上げたいというふうな親御さんからの話があって、声かけをして、上げていくようにしているけど、無理にとかいうような形は、僕は聞いていません。

この一言がすべてを物語っています。

まったくの嘘です。そして逃げです。

村上正哲元校長がこのようにして逃げるのは、このときだけでは、実はありません。

 

普段から篠崎良治教頭にいいように操られ、生徒の苦しみに対しても、部下の苦しみに対しても、その心を寄せて何とかしようということは、自から禁じ手として決してしないのです。

 

ただ、土居人対協の一員である篠崎良治教頭の言うとおりにしていれば自分の身分も保証されるし安全なので、それだけを考えているのです。

ですから、1か月以上苦しんでいる生徒が転校しようかという状況が学校の中にあるのに、それを知ろうともしない。篠崎良治教頭の言うことだけを信じている。

情けない校長もあったものです。

 

村上正哲元校長は土居中に5年間居座っていました。

これも異常な人事です。長すぎるのです。

権力者が長く居座り続けると、権力が独り歩きするようになるのです。そして、土居人対協のような私的な団体との癒着が生まれます。

 

 

 

以上のことから、M君に対する幹部教師たちの執拗ないじめは、土居町の同和集団が絡んだ、組織的犯行であるということができます。

 

まとめておきましょう。

M君に対する幹部教師たちの執拗ないじめは、組織的犯行である

 

 

 

 

そして、最後に一言言っておきます。

彼ら同和集団がこれまで何十年もかけて作り上げてきたこのいじめ構造は、いじめを受ける側にとって、相当大きな大きすぎる重圧です。

一歩間違えば、死につながるでしょう。

それでも、誰も助けてくれないのだからつらいのです。

同和というだけで、市教委も怯えてしまうのです。

誰も助けてくれないのです。

誰も助けてくれない。

これがどんなにひどいことかお分かりでしょうか。

 

そんな中で、M君は、よくぞ2ヵ月間も耐え抜きました。

これはよほどのことです。

よほど心が強かったのです。

心がまっすぐだったのです。

だからこそ、苦しみながらも耐え抜けたのです。

 

M君こそ、真の英雄であり真の勇者です!

 

 

 

 

 

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